中国浙江省上虞県滞在記序章
注:これからご紹介する出来事は多少おもしろおかしく書いてますが、すべて私の体験談に基づいた事
実であり、登場する人物などの名前は本人達に許可を得てないので仮名とさせて頂きます。
1993年4月6日、成田空港で一人途方にくれる男が一人...なぜこんな事に?為什麼?
Why?などと自問自答してみる。が時すでに遅く、男はすでに箱崎にて中国東方航空にチェッ
クインをすませ、手には機内持ち込みの中国へのお土産が山盛り!いままさに機内へ搭乗しよう
としているのである。「やっぱりや〜めた!」と帰ろうと思う間もなく中国人スチュワーデスに
笑顔で「こんにちは(みょ〜にかん高い声だったのを覚えてる)」などと出迎えられるのであり
ました...
事の始まりはこの年の2月末、当時私が勤めていた会社の社長(華僑)、国内取引先お客さん
3名(以下おじさん達)と一緒に始めての出張で中国へ行った事でした(ぷろろ〜ぐ参照)。
当時この会社は中国浙江省上虞県(紹興酒で有名な紹興市のお隣)という所に合弁の会社を創っ
ていて、中国から紹興酒や花崗岩(ビルの壁とか、床に使うやつ)などの輸入販売をしていまし
た。出張の目的はお客さん達が合弁先の石材加工工場などを視察する事でした。当時この取引先
の担当であった私も「一度は工場を見ておかないと」という理由でご一緒する事に。私はよその
国に行くなんて始めて。ピカピカのパスポートと一週間の出張なのになぜか大荷物を抱えた私を
含めたおじさん達は経由地である香港へと向かうのでありました。
空港には香港事務所のMs.Nancy(仮名)が出迎えに来ておりました。Ms.Nancyは背が低く、
お鼻がちょこっと上に向いており典型的な南方の女性(香港や広東省etc)といった感じでした。
この日は中国杭州へは行かず香港の夜を過ごす事になっており、一行は「的士」に分乗し香港島
へ向かいました。私は以前から香港の街のいかがわしい所の話をたくさん聞いていたので「いや
〜初日から体がもたんな〜ヒッヒッヒッ」などと想像したものでした。しかし夜になるや否や、
社長やおじさん達は「なんか美味い物を食いに行こう!」という事になりました。案内された
お店は汚い雑居ビルの3階か4階にあり、以前テレビで見た九龍城のように薄暗く怪しい雰囲気
の漂うお店。店に入ると女老板が出てきて「あいや〜!社長さん久しぶり」てな感じで馴染みの
店のようで。ここで「海鮮鍋」を食べまして、これがなかなか美味い。更に鍋が終わった所に
ご飯とたっぷりのおろしニンニクを入れて食べるんですがこれが美味いのなんの!もう一回食べ
たいな〜。我々は鍋食ってビール飲んで早々にホテルへ引き返してしまったのであります。
「あれ?いかがわしいお店は?」この若さ溢れるこのパワーをどうすんねん〜!そうそうぷろろ
〜ぐにも書きましたが、香港のホテルや商店などはエアコンが「これでもか!」といわんばかり
にギンギンに効いてます。街中を歩いているとお店のドアが開きっぱなしになっている前を通る
と冷た〜い風が「うっ、寒!」。ドア閉めれば?と思うんだけど、こんな経験ないですか?私の
泊まったホテルにはなぜか風量、温度調節が付いてなかったのでまんまと風邪をひいてしまいま
した。ひぇっくしょん!
翌日、一行は再び九龍島へ渡り空路中国杭州へと向かうのでありました。香港から杭州へは飛行
機で約2時間。香港のドラゴンエアーという航空会社の飛行機に乗ったのですが、この時の飛行機の
揺れは私の体験上今現在でも最強!と呼ぶ物でした。この日は天気も良くなかった事もあって離
陸してから30分後くらいでその揺れが始まりました。最初はまあ飛行機ではごく普通の気流の
悪い所を飛んでいる感じで、空姐達が飲み物などを配っておりました。ところが揺れは徐々に
大きくなってきて空姐達もお互いに目を合わせ(いわゆるアイコンタクトっていうやつ)さっさっと奥
の方に引込んで行くじゃあ〜りませんか。わしのコーヒーがまだなんですけど...機内アナウンス
では「当機の機長ジャック(仮名)です。当機は現在雷雲の中を飛行中です。シートベルトをして座席
にお座りになっていて下さい。もうすぐ雷雲を抜けますのでご安心下さい。(もちろん英語なの
で後で聞きました)」などとぬかしている側から、何度となくエアーポケットの恐怖が乗客を襲い、
おじさん達もさすがにびびってる様子で、普段「俺は旅慣れてる!」などと自慢している社長
(これがまた見栄っ張りなのヨ)も「この位大した事ないね〜」なんて言ってたんだけど瞬きもし
てなかったし、おじさんの一人は見る見る顔が蒼くなってくるしで...恐怖の時間は10分位
続き飛行機もようやく安定し無事中国杭州へ着陸!と同時にイギリス、香港、中国そして我ら日本
代表から拍手、歓声が機内に溢れ(真的!)大騒ぎでした。私が飛行機のタラップを降りる時空姐
の目が「私たち生きてて良かったわネ!」と言ってたか言わなかったか...
中国杭州空港についた一行は、現地合弁会社の総経理「王」さん(仮名)が出迎えに。一行は挨拶
もそこそこに出迎えの車に乗り込みました。この車、私が日本から輸出手続きしたTOYOTAの
HI-ACE VANという車だったのですが、輸出した時は前3人、後3人の6人乗りだったのに見る
と後ろの荷台部分にヘンテコリンな椅子が4個増えて10人乗りに変身してました(器用な事す
んな〜)。そしてドアの横に貼ってある赤十字とおもむろに車内に転がっている青い回転灯は
何...?そして車は杭州から上虞県へと向け出発!道中幹線道路わきにある食堂(トラック
運転手などを対象にしている)の看板娘?達がお客の呼び込みをしていて、こういった食堂が
ずら〜っと2、300Mも上下線ともに並んでいるんです。ここを過ぎるとなぜか食堂が一軒も
無くなってしまう。客引き看板娘は食堂の前でお菓子を食べてる小姐、洗面器のお湯で髪の毛を
洗う小姐、化粧をする小姐などなど。車が通る度に手を振ったり笑顔を作ったりと様々。なぜ
こんなに客引きが過熱してるのか、なぜ田舎の街で化粧なんかしてるの?などという疑問が
あったので、後日聞いた話しでは食事の他に食堂の奥でいかがわしいサービス(こんなんばっか
りで対不起)をする店があるらしいとの事。こんな田舎にも、ふ〜ん。病気とかこわ〜い(そうい
う問題では無い)。一行を乗せた車は順調に進んでいたのですが突然の交通渋滞。それも止まっ
てから30分以上もピクリとも動かない。おじさん達もイライラして外で煙草を吸うもの、用を
足すもの...ここで王さん「皆さん車に乗って下さい」(もちろん中国語。社長が通訳)。一行
は「なんじゃ、なんじゃ」という感じで車に乗り込むといきなり、「ウ〜」という音が辺りに響
き渡り、屋根に載せた青い回転灯がクルクルと回っているじゃあ〜りませんか!路側(本来は
歩行者や自転車など用)を自転車、歩行者、牛、などをサイレンやクラクションで蹴散らし、
そのうち運転手がマイクで「どけどけ!」とやる始末。「これって...」私やおじさん達が
呆気にとられていると社長が横で、「もし公安(日本では警察)に止められたら君が病人という事
にしよう。わっはっはっ!」などと笑顔で言うしまつ。渋滞の先頭まで来ると、道路脇の田んぼ
にでっかいトラックが落ちてました。中国の地方の場合道は悪いしトラックなどのタイヤはツル
ツル、整備してんの?なんていうのがそこら中走っているので、こういう事はしょっちゅうある
らしい。そこで常に赤十字ステッカーと回転灯を車に積んであるんだそうな。日本では考えられ
ん!そんなこんなで一行を乗せた車は杭州を出発してから3時間後に上虞県での宿「上虞賓館」
(後にここで2ヶ月も暮らす事になるとは夢にも思わなかった)へ到着したのでした。
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↑問題の車。サイレンやら赤十字のステッカーを付けて走り回る。 |
↑上虞での宿「上虞賓館」。赤い横断幕見えますか? |
到着した「上虞賓館」の入口頭上には赤い横断幕におきまりの「熱烈歓迎!」の文字とおじさん
達、社長、私の各名前が書かれておりました。私は初めてこういう物を見たので「ほ〜」と感心
したものでした。この日は到着した時間が遅かったので「上虞賓館」内の食堂で軽く食事を取り、
寝る事になりました。この浙江省上虞県という場所、中国では揚子江の下にあるため「南」と
いう事になっているのですが、冬はとにかく底冷えする所なんです。なんでも揚子江の下は南に
位置づけされている為冬場国から「豆練炭」などが支給されないとのことです(当時の話)。
王さんが各部屋に電気ストーブを用意しておいてくれました。各自部屋へ戻り「おやすみなさ〜
い」となり、「王さんよ謝謝!」などと言い電気ストーブのスイッチを入れるとストーブが赤々
となり「お〜暖か〜い...」と突然部屋の明かりが消え停電!私やおじさん達が部屋を出てう
ろうろしてると社長がやってきて、「いや〜すみません。ブレーカーが落ちちゃって、ここの
電気の供給量が足りないらしいんです。ストーブは使わないで下さい」だって!代わりに賓館の
服務員がふとんをたくさん持ってきてくれました。う〜重い...
翌朝早く社長に起こされ、「おじさん達が朝市を見たいって言うんだよ。早く支度して!」って。
あ〜眠い。朝市なんてどこも変わらん。野菜、魚(ちょっとヤバイ川魚)などなど路地に並べて
売ってるだけ。賓館にもどり食堂で「お粥」「饅頭」「豆乳」で朝食を済ませ一行は今回の目的
である石材加工工場の見学へ向かうのであります。工場は賓館から上虞県の繁華街?百官鎮とい
う所を抜け車で約10分位の所にあります。工場へ行く途中に合弁先の事務所があるのでまず
こちらに立ち寄りました。この事務所の入口頭上にも赤い横断幕に「熱烈歓迎!&各名前」の
文字。現地の各スタッフ(この人達と一緒に2ヶ月も仕事をするとは夢にも思わなかった)を紹介。
王さん得意げに工場でできた商品のサンプルを見せるのですが、おじさん達の表情は暗く、それ
は私が見てもあまり良い商品ではなかったのです。この雰囲気を「やばい」とみるや社長、
「さ〜工場の方へ行きましょう」。一行は工場へ向かいます。舗装された道路から凸凹道を少し
進むと工場が見えてきました。なんとここにも赤い横断幕に「熱烈歓迎!&各名前」の文字...
ちょっとしつこい。早速おじさん達は工場内へ入り、各加工機械のチェック。機械はすべて中国
製。機械を操作するのは農閑期の農民。おじさん達さらに表情は暗くなる一方。とりあえず簡単
なサンプルを作らせてみる。やっぱりダメ。おじさんの指導で再度作る。今度は結構良い。おじ
さんが言うには「機械にも問題あるけど、操作する人の問題だね〜」しばらく技術指導をしたん
ですが、「時間が無いからあとでマニュアル作っておくわ」という事になりました。この後一行
は工場から車で1時間位の所にある花崗岩の山を見学に。この山、社長が日本で「ウチの山」
「ウチの山」(会社で所有しているという事)と宣伝してたんですが、どうもウソらしい。ほんと
に見栄っ張りなんだから。この山の入口から採掘現場に行く途中に小さな分校のような建物が
ありまして、なぜかここに立ち寄り暗〜い教室の中で先生一人、子供たち5,6人が授業をしてま
した。子供たちは年の頃7〜9歳位で日本ではほとんど見かけなくなった青っ鼻!社長、「ここ
の学校は電気も無いし、勉強する道具も無くて本当に子供達かわいそうなんです」などと言いま
すって〜とおじさん達「う〜ん、それはかわいそうだ!じゃ〜このお金を何かに役立てて」って
言っておのおの一万円〜二万円を出すじゃ〜ありませんか!もともと寄付のきらいな私...
しかしその場で出さないわけにもいかず五千円でも...んが!一万円札しか無い!おつりくれ!
とも言えずしぶしぶ。帰る時の子供たちの笑顔に免じて良しとしますか!
そうこうしている間に日も暮れて賓館で宴会となるわけなんですが、まずは社長のつまらん話に
始まり、上虞県県長による歓迎のスピーチ(内容なんて覚えてない)、上虞県対外貿易公司局長
の張さん(後に私の中国のお父さんになる人)のスピーチ、おじさん達が一言ずつ、私も自己紹介
程度をしゃべり宴会の始まり始まり。まずは土地のお酒「紹興酒」で「干杯!(gan bei)」。
最初に出てきたのがなぜかメイン料理。いきなりテーブルの上にお鍋が「ドン!」と置かれ、
王さんが中を覗き込んで何かを確認し、鍋を「くるっ」と回して蓋を取りますって〜と「すっぽ
ん」さんが大の字になってました。王さんが確認したのは「すっぽん」さんの頭を主賓の方に向
かせる為でした。そしておもむろに賓館の小姐達登場!鍋の中の「すっぽん」さんを解体!甲羅
をばりばり剥がす剥がす!腿をちょん切るちょん切る!取り分ける取り分ける!時を同じくして
日本でも同じみ「すっぽん」さんの血が入った白酒(bai jiu)が運ばれこれまた「干杯!」。
「すっぽん」さんの頭はめでたく今回の主賓であるおじさんの一人に渡ったのでした。その後も
「田鰻のぶつ切り(すんごい太い鰻がぶつ切りで油で炒めてある)」「タニシ(紹興酒で漬けてあ
る)」など好き嫌い大王の私には地獄のような時間が流れるのでした(その他の料理は記憶が抹消
されてます)。唯一の救いはおつまみで出た「カシューナッツ(中国語では腰果)」をちょこちょこつまんでました。今回私が一番若いという事で「干杯攻め」の標的になり紹興酒をガンガン
飲まされました。も〜風邪ひいてるっちゅうの!宴会も終わり部屋に帰りますと8時半。飲みす
ぎてベットにばたん。んでもって気が付くと9時15分。ぎゃ〜しまった!お風呂に行き蛇口を
ひねってもお湯がでない。9時過ぎるとお湯が出ないって言われてたの...中国の地方では
よくある。
翌日一行は香港に戻るべく再び杭州へ出発!今回は何事もなく杭州空港に到着。私と社長は
王さん達と打ち合わせがあるのでもう一日滞在する事になり、おじさん達3人は「OOさんは
英語ができるし、香港も何回も行ってるから...うっしっし(巨泉ではない)」となぜか楽しそ
うに香港事務所のMs.Nancyがまつ香港空港へ出発しました。後日おじさん達に聞いた話では
「おまえのとこの社長と一緒じゃ遊びにいけないだろ。いや〜香港は楽しい街だね〜。うんうん」
って。くやし〜!!
杭州に残った我々(社長、私、王さん、張さん、運転手さん)は杭州観光名所「西湖」へ到着。
西湖の辺にある有名なレストラン「楼外楼」(私のお口には合いませんでした!)で食事。食後は
西湖へボートに乗りに行きました。湖の回りには外国人と見ると物売り(キーホルダー等)、子供を
連れた物乞いがあちこちから寄ってくる。も〜うんざり!ボート乗り場に来ると、「さ〜待って
ました!」とボートの船頭さん達が寄ってきて「こっちのボートは安いヨ!」とか「こっちの
ボートは新しいヨ」というように、お客の争奪戦が始まり、その内船頭同士で「おれが先に声か
けたんだゾ!」「うるさい!わんばーたん!(中国語)」と喧嘩が始まりました。そういう間に
「こっちのボートはええよ」と言ってきたおばさんのボートに決めました。ボートを決めた後に
値段交渉。一時間でなんぼという値段だったのですが残念ながら幾らだったかは忘れました。
社長が「中国では必ず値切らんとだめよ。値段ふっかけてくるから」ふ〜ん、なるほど。この時
の教訓は今日も活かされてます。ハイ。乗り込んだボートはおばさんとおばさんの息子が漕ぎ
西湖の中心の方へ。30分位すると風が強くなってきてボートが思う様に進まなくなりおばさん
が「お客さんこれで一緒に漕いで」っていってオールを渡され、なぜか「と〜ちゃんの為なら
えんや〜こ〜ら」と漕ぐ事に。ディズニーランドのジャングルクルーズじゃないっちゅうの!
無事ボートも岸に着きまして、この後近くのお寺へ。私信仰心という物がまったくないのでお寺
とか興味ないの。杭州は「龍井茶」でも有名な所で、お寺を出た所にお茶を売ってる出店が沢山
あったりする。王さん早速一軒の出店でお茶を物色し始めました。さすがお茶所の人、お茶っ葉
を直接口に入れて「もぐもぐ」「くちゅくちゅ」「ぺっ!」てな感じ。あんたはお茶のソムリエ
か?そして値段交渉。お店のおばさんと10分以上もなんやかんやとやってたのですが結局
「買わない」と。お店を立ち去ろうと一同反転、すると後ろからものすごい声と共におばさんが
走ってきて「だめだめ!さっき買うって言ったじゃない!」王さんも「そんなこと言ってない」
となり更に10分程やりあった結果、王さんの手には2袋のお茶が...「これお土産にどうぞ」
って苦笑い。中国の女性は強い!
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↑西湖の横にあるレストラン「楼外楼」あまりおいしくなかつた。 |
↑西湖近くのお寺に出てたお茶屋。この後むりやり買わされた。 |
↑強風で波立つ西湖。岸に戻るまで大変だった。 |
この日は上虞県には戻らず西湖の横にある高級ホテル杭州飯店(Shanglira Hotel 社長の定宿)
に泊まる事に。お〜社長よ太謝謝イ尓。上虞賓館とは月とスッポン!服務員に部屋のある階に
案内されると「じゃ〜僕と王さんは隣の部屋だから、君と張さんと運転手さんは同じ部屋ね。
「おやすみ」「え〜言葉通じないじゃないですか」「だって寝るだけだろ」ま〜確かに。部屋に
入ってしばらく重たい空気が。相手に伝えたい事をなんとか見ぶり手ぶりでコミニケーションをはかろ
うとするんだけど...この時中国に来て初めて言葉の壁を感じました。中国の一般的なホテル
はほとんどシングルが無くてツインなんです。私と張さんはベッドに、運転手さんは床に。運転
手さんよすまんね。エキストラベッドぐらい...と思い社長の部屋に電話したら「運転手さん
の分宿泊費払ってないんだから、そんなのあるわけ無いよ」ちゃんちゃん!
翌日社長と私は香港へ向かうため杭州空港へ。王さん、張さん、運転手さんと別れの挨拶。
王さん「じゃあ上虞でまってますよ」ん...「いや〜昨日ね王さんと打ち合わせして来月あた
り君に少し工場の方へ行ってもらう事になったからさ」寝耳に水とはこの事。「いや、その、
だって...」こんな事には関係なく飛行機は一路香港へ。空港にはMs.Nancyが出迎えに。
彼女は広東語ONLY。今英会話と普通語の勉強中という事で私との会話はBROKEN ENGLISHで。
お互いに母国語以外の少ししかできない言葉で会話するので相手が何を言おうとしてるのか、何
を伝えたいのかを一生懸命考えるので意外と意思疎通という物ができたりする。「基本はこれだ
な」と思う私。(これが未だに中国語の上達しない理由の一つと思う)。MS.Nancyには17歳と
14歳になる二人の娘がいてこの日の夜、長女と香港事務所の仕事を手伝っているMr.羅さん(仮
名)を交え一緒に晩御飯を食べました。食後に「何か甘い物でも食べに行こう」という事になり
一行は香港の便利な路線マイクロバス(降りたい所で降りられる)に乗り込み香港の甘味処さん
へ。社長は以前某電気メーカーの香港事務所に勤務していた事があり、特に食べ物に執着してい
るせいかこういったお店を良くしってるんだわ。社長日本でもそうなんだけどこういったお店に
行く場合必ず通ぶってきたな〜いお店に行くんですヨ、香港一日目の鍋屋とかネ。この甘味処で
食べたのは「ぬる〜いおしるこ」みたいなものでめっちゃ甘い!風邪ひいて体調悪い所にきて更
に胃がもたれました。この日も私の期待していた「いかがわしいお店」には行かずホテルへ早々
に帰る。あ〜つまらん!仕方がないのでホテルの近所をお散歩。レコード屋さんがあったので
入る。このころまだ中華POPSに目覚めてなかったので洋楽コーナーへと直進。日本に比べて多少安
かったのでCDを2,3枚買いまして、その後SEVEN ELEVENで飲み物やこっちに来てすっかりは
まってしまった中華梅干しを買い込んでホテルへ帰りました。この中華梅干し中国では話梅
hua meiと申しまして超おいし〜!一口に話梅といいましてもおそらく百種類以上はありまして、
私の好きなタイプは、まず製造しているのが広東省か台湾産。果肉が柔らかく色は赤みがかって
いる物。一般的には見た目汚らしい。香港のSEVEN ELEVENなんかで売られているのはタイプが
違いパッケージも奇麗だし衛生的。日本でも中華街なので売られてますが私の好きなタイプでは
ありません。残念!
朝社長に「今日は深(土川)に行くよ」といわれ九龍駅へ。九龍駅から羅湖駅(深土川)までは電車
で約一時間。羅湖駅に着いてまずやらねばならないのが中国のビザ取得(当時香港はまだ中国で
は無かったので。今はどうするんだ?)。私のビザは「一次ビザ」だったので先日杭州から香港
に入国した時点で中国のビザが無い。そこで羅湖駅で中国短期ビザ(5日間有功)の申請をしなけ
ればならないのです。社長は日本人ではないので別の出口へ「じゃ表で待ってるから」。私は
というと右も左もわからず短期ビザ申請のある出口へ。窓口に行くと人がずら〜っと並んでいて
良く見るとほとんど日本人ビジネスマン。ラッキ〜!深土川はケ 小平氏の改革開放路線のもと
早くから中国の経済特区に指定され、外資も各国から入っており中でも日本からはたくさんの
企業が投資しておりました。とにかくわからないので一から十まで聞きまくり用紙に記入してい
ざ申請。窓口の人「はいOOHK$(いくらか忘れた)」えっ!慌ててポケットを探ってみても
小銭のみで足りない。後ろに並んでる日本人ビジネスマンに「す、すみません。お金貸して頂けま
す?出口で返しますので...」私のジーンズ、ポロシャツ、手ぶらといういでたちを見て日本
人ビジネスマンが「いいけど、君何しに深土川に来たの?」いやいや参りました。駅出口で社長と
会い日本人ビジネスマンにお金を返しまして再び中国の地を踏むのでありました。
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←香港から深(土川)に行った時の短期ビザ。香港が中国に返還されてから行ってないので現在はどうなっているのやら? |
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←日本から行く時の中国ビザ。左のビザは一年マルチで一年間に何度でも中国に行ける。昔は60日間滞在できたのですが、現在は30日間となってます。 |
深(土川)駅には中国の取引先の祝さん(仮名)が出迎えに来ておりました。我々3人が向かった
先はなぜか深(土川)ゴルフクラブ。社長ここの会員らしい。しっかり自分専用のロッカーまで
あったりして。「さー久しぶりだな〜。よかったね〜君中国でゴルフできて」別にやりたいって
言ってないっちゅうの。しかも風邪はひいてるは胃が痛いはであなたのお供してる場合じゃない
のよ。なぜか祝さんはクラブハウスでお留守番。まさか中国でジーンズはいてゴルフやるとは...
ここの会員さんは香港、深土川に駐在してる日本人ビジネスマンばかり。なのでレストランの食事
も日本食ばかり。体調悪かったせいもあるんだろうけどここで食べた「天ぷらそば」うまかった
な〜。聞けば当時何年も駐在してると会社のお金を使ってゴルフ三昧でゴルフの腕が上がるそう
です(う〜んいい時代だったね〜)。ゴルフも終わり我々は祝さんの家に行く事になりました。
祝さんの家に着くと奥さん、娘さん(只今日本の大学に在学中)、息子さんが出迎えてくれました。
祝さんの家は日本で言う団地で、家の中には家電製品が揃っておりました。上虞県とは生活
レベルがだいぶ違うんだな〜と思いました。祝さんの手料理で晩御飯をご馳走になりました。
中国では旦那さんが料理するのは珍しくもなく、掃除、洗濯などもよくするそうです。日本の
未婚女性よ!中国の男性と結婚したら楽できるかも?夜も遅くなったので我々は香港へ帰る事に。
が、祝さんの家の下で待てど暮らせど「的士」が来ない。少し車の多い通りに出てみたのですが
「的士」の姿は無し。そこで祝さんいきなりワゴン車を止めヒッチハイク。駅まで乗せていって
くれるという事に。中国って便利なんだか便利じゃないんだかわからない。香港に着くともう夜
遅くすぐさまホテルへ。社長やっぱり「いかがわしいお店」には連れていってくれないのね...
香港最後の夜は楽しい事がなにもないまま過ぎていくのでした。
そして帰国の日。午前中はMS.Nancyと一緒に日本の朋友に頼まれた化粧品のお買い物。こうい
う物はほんとよく分からん。メモを見せてお願いしました。Ms.Nancyは本屋に立ち寄ると一冊
の本を私にくれました。この本は英語、中国語、日本語の三カ国語が書かれた簡単な日常会話の
本で、「これで一緒に勉強しましょう。今度来た時はもっとお話しましょうネ」って。お〜Nancy、
Thank you!
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Ms.Nancyから頂いた本。中国語にピンインが付いてないので発音が...最初の内は役に立ちましたけど。英語も簡単な単語だけだし、私向き。 |
買い物の途中で日本人観光客の女性らしき人が私
に「え、え、えくすきゅうずみい?」ってな具合
に英語でお店の場所を聞いてきまして「わたしは
日本人ですよ」って言ったら「え〜!すみません。
ホント?」どういう意味や!この後何回か香港に
行く機会があったんですが、行くと必ず現地の人
と間違えられるんです。ある時は香港の人に広東
語でわ〜ってしゃべられて人の肩ばんばん叩いて笑うんです。ど〜も知り合いと間違えられたら
しいんですが...買い物も終わり我々は空港へ。香港事務所の面々とお別れしチェックインを済ませ、
社長は必ずJALのファーストクラスを使用(見栄っ張り)するのでJALの「さくらラウンジ」へ。
私はエコノミーゆえラウンジは使用できないのですが社長の交渉力(なかば無理矢理)により
一緒にラウンジの中へ。さすがファーストクラス。ラウンジの中には飲み物、軽食などすべて
フリー。トイレまで豪華。なるほど料金高いわけだ。ラウンジの中にはびしっ!としたビジネス
マンやいかにも「俺は金持ってる」という腕に金ピカのローレックスしてるおじさん。その中に
見た事のある面々...「林家一門!」おかみさん、こぶ平、一平、こん平などなど。へ〜みん
なお金持ちなのね〜。休憩後我々はDUTY FREE SHOPへ行きお買い物。買い物してると「あれ?
社長、なんか私達の名前をアナウンスされてるみたいですが...」社長チケット確認。「あれ?搭
乗時間すぎてる」2人は慌てて空港内を走る走る!そして機内に入る2人を見る他の乗客の視線が
冷たかったのは言うまでもない...旅慣れない私は日本から持っていった沢山の荷物と、ホテ
ルに置いてあったカミソリやらシャンプーやらなども持ち帰り、更に香港のDUTY FREE SHOPで
配る所も無いのに「10個買うと1個サービス」という「マカデミアンナッツ」を買ってしまい大荷
物を抱え日本に帰国したのであります。ちゃんちゃん!
と私の最初の海外脱出は最初から最後までドタバタでした。もちろん仕事で行ったので観光もほ
とんど無く皆さんにとっては興味の無い内容かもしれませんネ。要点だけ書こうと思ったのです
が、なにせ文章表現力が無いのでだらだらと長くなってしまいまして...この後の「上虞2ヶ
月滞在記」をどうやってまとめようか頭が痛いです。
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