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東京人権連 > 同和問題について >足立最高裁判決1990

 

 1990年7月3日、最高裁が「解同」足立支部による「建物利用権確認請求事件」について棄却した判決を紹介します。

(色つき文字=強調部分は東京人権連による。漢数字は算数字に直した)


平成元年(オ)第1077号

判  決

東京都足立区竹の塚3丁目8番1号
 上告人 部落解放同盟東京都連合会足立支部
 右代表者支部長 鈴木幸一郎
 右訴訟代理人弁護士 内藤隆
 同 的場 徹


東京都足立区千住1丁目4番18号

 被上告人 足立区
 右代表者区長 古性直

右当事者間の東京高等裁判所昭和63年(ネ)第918号建物利用権確認請求事件について、同裁判所が平成元年4月26日に言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主  文

本件上告を棄却する。

上告費用は控訴人の負担とする。

理  由

上告代理人内藤隆、同的場徹の上告理由について

諸論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、右違法があることを前提とする所論意見の主張は失当である。論旨は、結局、独自の見解に立って原判決を論難するか、又は原審の専権に属する事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

 よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

     最高裁判所第3小法廷

     裁判長裁判官 坂上壽夫

          裁判官 貞家克己

          裁判官 園部逸夫

          裁判官 佐藤庄市郎

          裁判官 可部恒雄

 (原本おわり)

****** 以下、上告人の上告理由 *******

 (平成元年(オ)第1077号 上告人 部落解放同盟東京都連合会足立支部)

 上告代理人内藤隆、同的場徹の上告理由

第一 原判決が本件建物について上告人の利用権を認めなかったのは憲法14条、25条に違反する。

 一、同和対策事業と上告人らの法的地位

  1.本件建物は、

「同和対策審議会答申および同和対策事業特別措置法の精神に則り、歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている人々の振興と福祉の増進を図ることを目的」

   として建設され、上告人がその利用を開始したものである(甲第9号証)。

  2.右の同和対策審議会答申(以下、同対審答申という。乙第9号証。26頁以下)とは、

「いわゆる同和問題とは、日本社会の歴史的発展の過程において形成された身分階層構造に基づく差別により、日本国民の一部の集団が経済的・社会的・文化的に低位の状態におかれ、現代社会においても、なおいちじるしく基本的人権を侵害され、とくに、近代社会の原理として何人にも保障されている市民的権利と自由を完全に保障されていないという、もっとも深刻にして重大な社会問題である。」(乙第9号証26頁)

との基本認識に基づき、

「人類普遍の原理である人間の自由と平等に関する問題であり、日本国憲法によって保障された基本的人権にかかわる課題である」(前同)

との観点から、

「政府においては、本答申の報告を尊重し、有効適切な施策を実施して、問題を抜本的に解決し、恥ずべき社会悪を払拭して、あるべからざる差別の長き歴史の終止符が一日もすみやかに実現されるよう万全の処置をとられることを要望し期待するものである。」(前同)

として、国および地方自治体に対し、部落解放のための諸施策の実施が憲法上の具体的責務であることを明らかにしたものである。

 また前記の同和対策事業特別措置法(以下、同対法という)は、

「この法律は、すべtの国民に基本的人権の享有を保障する日本国憲法の理念にのっとり、歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域(以下「対象地域」という。)について国及び地方公共団体が協力して行なう同和対策事業の目標を明らかにするとともに、この目標を達成するために必要な特別の措置を講ずることにより、対象地域における経済力の培養、住民の生活の安定及び福祉の向上等に寄与することを目的とする。」

と述べ、この目的を達成するために国及び地方公共団体に対し、公共施設や生活環境等の整備を義務づけた同対審答申の具体的実施法である(同法第4条、第6条)。

  3.右の同対審答申および同対法から明らかなとおり、同和問題は直接的に憲法の基本的人権の保障にかかわる問題である。従って同和対策事業の実施にあたっても、その事業対象者=部落民は、単に行政上の諸施策の恩恵ないし利益を受ける受動的存在としてではなく、部落差別を容認し、助長してきた国および地方自治体に対し、その改善を積極的に要求しうる権利者という能動的な存在としての地位が与えられなければならない。

この点は、同和対策の具体的実施にあたっては、

「憲法(第14条、第25条)の条文を現実の社会関係に具現し、対象地区住民の基本的人権を完全に保障することによって同和問題の根本的解決を実現することが究極の目標でなければならない」(乙第9号証・39頁)

と同対審答申で述べられているとおりである。

 4.即ち、同和対策事業の実施にあたっては、部落民(ないしその団結の組織的表現形態としての上告人ら部落解放同盟―同対審答申で言う「地区住民の自発的意志に基づく自主的運動―)は当該施策を憲法(14条、25条)および同対法に基づいて法的権利として要求しうる地位にあり、行政当局の恣意によって既存の権利が一方的に剥奪されるような不安定な地位にあるのでは決してない。これを本件建物についてみれば、上告人は本件建物の建設を被上告人に要求する法的権利を有するし、本件建物建設後はこれを利用する法的権利を有するということに他ならないのである。

 5.原判決は、本件建物が被上告人による同和対策事業遂行上の一施策であると認定しつつ、当該同和対策事業が同対審答申や同対法の下で如何なる法的位置づけを与えられていたのか、あるいは当該同和対策事業の実施者(被上告人)と対象者(上告人)が同対審答申や同対法を前提とするとき、如何なる法律関係に立つかという考察を一切行わず、同和対策事業を一般の行政施策と同一次元で理解しようとする点で根本的な誤りを犯している。

二、本件建物の建設・利用と上告人の法的権利

 1.前記のとおり本件建物は同対審答申および同対法に立脚して建設されたものである。同対審答申における本件建物(集会所)の意義は以下のとおりである。

「環境改善対策の総合性

環境改善対策は、社会福祉の充実、経済生活の確立および教育水準の向上などの諸施策と相まって、実施されなければならない。住宅、道路、水道、下水などの基本的な施設はいうまでもなく、隣保館、保育所、診療所、集会所、共同浴場、共同作業場、児童遊園等の福祉施設もそれぞれの地区の実情に即して適当に設置される必要がある。」(乙第9号証39頁)

「地区整備対策

市街地地区および農村地区の抜本的な環境改善をはかるため、住宅の建設、改修及び移転、道路及び上下水道の設置、集会所、保育所、隣保館等の施設の建設などを総合的に行なう基本計画の作成を含む地区整備の制度を設けること。」(前同39頁)

「社会福祉に関する対策

既設の隣保館、公民館、集会所などを、総合的見地に立って拡充し、その施設のない地区には新設して、欧米諸国にみられるコミュニティセンターのごとき総合的機能をもつ社会施設を設置するとともに、指導的能力のある専門職員を配置すること。」(前同40頁)

そして右集会所等の建設については、

「憲法(第14条、第25条)の条文を現実の社会関係に具現し、対象地区住民の基本的人権を完全に保障することによって同和問題の根本的解決を実現すること」(前同39頁)

との前提認識があったことは前記のとおりである。

 2.本件建物がこれら同対審答申および同対法の精神に則って建設されたという事実は、当然のことながら本件利用の法律関係に影響を及ぼさざるをいない。換言すれば上告人による本件建物利用の法的権利性の有無を判断するにあたっては、本件建物建設の動機あるいは根拠とされた同対審答申等の内容がその判断材料の一つとされるべきものである。しかるに原判決は右のような本件建物の建設目的という観点からの考察を一切欠落させている。

仮に原判決を正当とするならば、同対審答申や同対法は、部落差別が今日の日本における最も重大な基本的人権の侵害であるとの認識に立ち、これを是正するために生活保護や社会福祉の充実のための諸施策を講じることを国および公共団体の法的義務と銘記したにもかかわらず、これら諸施策の実施対象者である上告人らはこれら諸施策の実施について当事者としての法的地位を有さず、国や公共団体の「策の施し」を受けるにすぎない者(国や公共団体の恩恵を期待しうるに止まる者)としてしか位置づけられていないことになる。これを本件に関連させて考えれば、同対審答申や同対法は諸々の拡張高い理念や施策を打ち出しつつも、本件建物の利用という局面では設置者(被上告人)の考え方次第でいつでも上告人の利用を剥奪しうるし、その利用は単なる不法占拠の継続(被上告人の主張によれば「反射的利益」)を意味するにすぎないことになる。

本件建物の建設根拠とされた同対審答申や同対法の精神とは、右のように上告人らの存在を軽視、愚弄したものなのであろうか?同対審答申や同対法の精神とは、本件建物の利用について上告人の不法占拠(無権限利用)を、単に容認するという程度のものだったのであろうか?上告人は断じて否であると考える。

 3.同対審答申や同対法は部落差別をなくすため本件建物を含む集会所の建設をその施策の一つとしていた。この場合、建設された建物(集会所)の利用者としては、「地区住民の自発的意志に基づく自主的運動」(=上告人ら部落解放同盟の運動。同対審答申、乙第9号証・38頁)に関与する者が念頭に置かれていた。そして部落差別の歴史社会的な根深さを考慮し、かつこのような差別をなくすことは憲法の要請であることに鑑み、本件建物は差別がなくなり真に部落民の基本的人権が保障されることになるまで存続することが予定されていた。従って本件建物を利用する上告人は、単なる建物内の施設・設備の利用者としではなく、部落差別をなくすことを直接目的として活動する責任ある当事者として、同対審答申の精神に則り、建物自体を管理・運営・利用する者と位置づけられていた。現に上告人らが14年余の長期にわたり本件建物を利用してきたという事実は、本件建物における上告人の立場や位置が右に述べたものであることを端的に裏づけている。

 4.もっとも被上告人が本件建物の建設にあたり、その意義をどの程度まで深く理解していたのかについては多少の疑問がないでもない。なぜなら被上告人は、本件建物を上告人が利用開始するにあたって被上告人と締結した「東京都足立区同和対策協議会連絡事務所要領」の原案(被上告人作成)の「第1条」(目的)において、

「この要領は、東京都足立区同和対策協議会連絡事務所(以下「事務所」という)を設置し、その施設を主として歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている人々の振興と福祉の増進を図ることを目的とする」(甲第16号証)

との起案をし、ここでは本件建物が同対審答申および同対法に基づいた建物であることが明示されていなかったからである。しかし、右のような曖昧さを残す原案は上告人の指摘を受けて直ちに

「同和対策審議会答申および同和対策事業特別措置法の精神に則とり(ママ)」

と改められている(甲第9号証、乙第14号証の1、2)。右の原案から確定案に至る過程で被上告人は、本件建物が同対審答申および同対法に立脚した建物であることを認識・自覚していたはずであり、したがって同和対策事業を主務とする被上告人はその根拠法規等(同対審答申および同対法)についての理解もより一層深まったものと思われる。とすれば、本件建物建設当時の被上告人の意思としては、本件建物の建設と利用は上告人の基本的人権を保障するためのものであり、そのために本件建物を建設し、上告人の利用に供したものと見ることができる。即ち、被上告人は同対審答申および同対法を理解したが故に、本件建物の利用についき上告人にその法的権利があることを認識、容認していたものと言わざるをえないのである。

 原判決は被上告人が行政庁であることを理由としてか、「被上告人は地方自治法を周知しており、かかる被上告人が行政財産たる本件建物を無償で貸し付ける意思があったとは認められない」との論を展開する。しかしこの論理に立脚すればを被上告人は地方自治法と同等に同対審答申および同対法についてもその実施責任行政庁として内容を周知していたはずであり、このような周知=理解に基づいて上告人の本件建物の利用をあえて積極的に許容した以上、被上告人は上告人の本件建物利用と「抵触」する地方自治法上の生涯規程をその内部手続において調整・排除したものと見ざるを得ないのである(さもなくば、行政庁であれば自らの誤りを人民に転嫁して恥じないことも合法的であるという著しくかつ顕著な不正義が出現する)。

 5.要するに、本件建物の建設および上告人によるその利用という事実が、単に上告人と被上告人という限定された当事者間の力関係や便宜供与に基づくものではなく、部落差別をなくすという今日の日本の国家的課題に起因し、そのための特別の答申や立法(同対審答申、同対法)に基づくものである以上、上告人による本件建物の利用についてもその法的根拠(利用の法的権利性)の存在を認めざるをえないものである。

 三、原判決の憲法違反

1.以上述べたとおり、本件建物は同対審答申に基づき(甲第9号証)、上告人らの基本的人権を保障すべく憲法14条、25条とこれを具体化した同対法に立脚して建設され、かつ上告人の利用に供されたものである。

2.従って上告人は本件建物の建設のみならず、その利用についても被上告人と対等な当事者関係に立ち、右利用についての法的保障が与えられるべきものである。

3.しかるに原判決は右の点を正しく理解せず、本件建物の利用にあたって上告人の地位を不当にも被上告人の管理権に従属させ、上告人の利用についての権利性を否定した点において憲法14条、25条の違反がある。

第二 原判決の地方自治法(238条の4)の解釈および本件への適用は憲法14条、25条に違反する。

 一、同和行政の特質と地方自治法の財産規定の関係

1.本件建物が行政財産ではなく普通財産に該当することは別途詳論するとおりであるが、仮にこれを行政財産と解したとしても原判決が他の関係法令(同対審答申を含む)と対照・調整することなく上告人の本件建物利用の権利性を地方自治法238条の4・1、3項の適用のみによって否定したことは、その限度において同条の解釈、適用を誤り憲法14条、25条に違反するものである。

2.原判決の右の誤りは、同和行政(同和対策事業)を他の一般の行政施策と同列に置いたこと、換言すれば同和行政が前記第一で述べた同対審答申および同対法に基づく特別の行政施策であることを看過した点にある。本件を正しく理解するためには同和行政と他の一般行政との区別、後者に対する前者の特質を把握することが不可欠の前提となる。

3.同和行政の出発点は、部落解放同盟の行政闘争とそれを受けた同対審答申そしてその実施法たる同対法に求められる。ここで注意せねばならないのは同対審答申は、同和行政について、同和問題の根本的解決を目標とする行政の方向としては、「地区住民の自発的な意志に基づく自主的運動と緊密な調和を保つ」ことをその前提としてたてている事実である。「地区住民の自発的な意志に基づく自主的な運動」とは、被差別部落大衆の部落解放運動を指すものであり、歴史的現実的にみた時、具体的には部落解放同盟とその運動を意味するものであった。そして、同対審答申に掲げられたこの基本姿勢が、同和問題に対する行政の方向付けとなっているのである。もとより「地区住民の自発的意志に基づく自主的運動」とは、官製の融和団体を意味するものではない。むしろ、過去の融和運動の苦い体験を踏まえ、官製団体による融和運動を否定排除する趣旨で述べられており、そのように取り扱われてきた。

 従って、行政が「緊密な調和」をはからなければならない対象は、私人の団体とそれにより推し進められる運動とならざるをえず、ここに、同和行政の他の一般行政と異なる特質が現れるのである。

 すなわち同和行政においては、被差別部落大衆の自主的運動に対する同和行政事務の広範な委嘱が行なわれており、また、この委嘱が同和対策事業における行政目的に合致するものとされてきた。そして、むしろ、行政によるこの連携、委嘱、支援がなされなければ、部落差別の廃絶に向かっての合目的的な行政は実現できないという点に同和行政の基本軸が設定されてきたのである。すなわち、同和行政においては、私人、私的団体(=上告人ら部落解放同盟)への活動の助成、優遇が行政執行そのものとなる行政態様が一般的な形態となっているのであり、建物の利用における独占的排他的な権能の承認(私権の承認)がなされたとしても、それは同和対策の行政執行とは決して矛盾せず、むしろ、行政執行において奨励されうる行政形態となりえたのであった。

 本件建物は、当初より上告人に貸与し、自由に使わせるものとして設置されたものであることは、証拠上明らかである。そして、被差別部落大衆の自発的意志に基づく自主的運動体たる上告人に本件建物を貸与し、自由に使わせることは、同和行政においては行政の原則を踏みはずすことではなく、むしろ自然な形であり、同和行政として期待され求められた行政形態というべきであった。その意味において、上告人の本件建物に対する私権の承認は、私権設定による行政執行阻害状態の排除という地方自治法上の精神に矛盾するものではなく、むしろ同和行政として模範的な形態を示したものと言うべきである。

 4.要するに、誤解をおそれずに論及すれば、同和行政とは他の一般行政を「差別」してでも優遇的に実施されるべき行政施策であり、かかる「差別」と優遇を通じてしか解決の方向を見出せないのが同和問題なのである。そしてこのような理解は上告人らの独自の見解ではなく、同対審答申が、

「(同和事業としての行政施策を正しく方向づけるためには)国および地方公共団体が実施する同和問題解決のための諸施策に対し制度的保障が与えられなければならない」

「現行法規のうち同和対策に直接関連する法律は多数にのぼるが、これら法律に基づいて実施される行政施策はいずれも多分に一般行政施策として運用され、事実上同和地区に関する対策は枠外に置かれている状態である。これを改善し、明確な同和対策の目標の下に、関係制度の運用上の配慮と特別の措置を規定する内容を有する『特別措置法』を制定すること」

  (以上、乙第9号証・44頁)

など、同和行政と一般行政との区別およびその必要性を既に指摘していたところである。

 二、本件における地方自治法の適用について

1.このように見てきた時、同和行政における本件事案、すなわち、同和対策事業として位置付けを与えられた建物に対する上告人による独占的排他的利用は、およそ地方自治法が予定していなかった行政局面であるものということができる。地方自治法上で想定されていた行政においては、私人、私的団体の行政財産の独占的排他的利用などはありえないものとされてきた。しかるに、本件事案は、仮に本件建物が行政財産であったとしても、その同和行政としての特質により、私的団体の独占的排他的利用が積極的に承認されるケースであり、そのことが同和対策の行政執行そのものとなる場合であった。

  2.そして、@同和行政が憲法14条、25条を直接的な実施根拠としていること、A同和行政の具体的実施については特別法たる同対法が制定・施行されたこと、B同対法は地方自治法との関係でも特別法と解されること、をふまえれば、本件では地方自治法上の規定(238条の4)は適用根拠を失い、排斥されるべきものととらえるのであって、行政財産論は、私権否認の根拠とはなりえないものと解すべきなのである。言葉をかえるならば、同和行政上、被差別団体に提供され、その運動を助成するための建物は、独占的排他的利用を認められたとしても行政執行を阻害するものではなく、地方自治法238条の4の規定する財産、すなわち私権設定ができない行政財産たりえないものと解すべきなのである。本件建物が一定の行政目的の下の位置付けを受けていたとしても、同法上の行政財産としての法的取扱いは受けるべきではないし、かかる解釈をとっても地方自治法の右規定の立法趣旨に何ら反することはなく、むしろ同和行政の目的実現という観点からは右解釈こそが地方自治法の本旨にも合致するものと言うべきである。

 三、原判決の憲法違反

   原判決は、以上のような同和行政の一般行政に対する特質を理解せず、またその特質をふまえた地方自治法の解釈を何ら行なわず、機械的・形式的に地方自治法を解釈・適用した点で誤りがあり、かかる原判決の解釈・適用は同和行政の法的根拠である憲法14条・25条の解釈をも誤った憲法違反がある。

第三 原判決は信義則違反にかかわる上告人の主張を曲解し、この点についての審理を尽くさず、かつ信義則(民法1条2項)の解釈を誤っている。

 一、上告人の主張に対する原判決の曲解(事実誤認、審理不尽)

1.原判決は上告人の信義則の主張を、

「控訴人(上告人)は、被控訴人(被上告人)の本件建物明渡し請求は行政財産につき用途変更の手続を履践しないままなされたものであって信義則違反であると主張する」(原判決11丁裏ほか)

などと要約摘示している。しかし上告人は右の内容の信義則違反を主張したことは一度もない。

2.上告人は、被上告人が「公有財産の無償貸付にかかわる手続規定を上告人が履践していない以上、上告人には同手続きの履践を前提とする利用権は成立してない」と主張したことに対し、「被上告人が自ら手続き違反を犯したり、あるいは上告人の手続き違反を是正させる義務を怠っていたことを棚に上げて、上告人を非難する主張をなすことは信義則に反する」と主張したものである(原審控訴人準備書面(五)参照)。即ち上告人は、被上告人が手続き違反の主張をなすことは、主張それ自体が信義に反するから本件審理において右主張は採用されるべきではないと述べたものであって、本件建物の明渡請求が信義に反するなどとは一度も主張したことはないのである(少なくとも本件訴訟の争点との関係では)。

そもそも本件は上告人が一審原告となって積極的に本件建物の利用権の確認を求めた訴訟累計である。従って被上告人の明渡請求が信義則違反あるいは権利濫用であると主張したところで、それによって上告人の利用権が根拠づけられるものでないことは自明の理であるからそのような主張を上告人がするはずはないのである(本件が被上告人を一審原告とする明渡請求訴訟であれば、当然上告人は右明渡請求が信義則に違反し、権利の濫用となると主張するだろうが)。

 二、信義則の解釈についての原判決の誤り

 1.本件建物の用途変更の経過

(一)本件建物が被上告人の内部手続においてもいったんは、「公園管理事務所」と用途決定され、これが後日、「同和対策協議会連絡事務所」に用途変更されたことは以下の事実から明らかである。

(1)本件建物は1973年12月10日、「足立区保木間公園管理事務所」との位置づけで完成し、同月18日、被上告人(総務部長)に引継がれたこと(乙第7号証の3)。

(2)被上告人の内部で以下のような用途変更の経過説明がなされていること(乙第8号証の1)。

@「当初は・・・公園管理事務所として位置づけをし、本センターが完成するまでの間の仮設集会所を、『保木間公園管理事務所』として設置されたものであるが・・・」

A「昭和48年12月21日、部落解放同盟東京都連足立支部(注:上告人)との本区の交渉の結果、同和対策を位置づけた建物として使用させることの確認がなされた」

B「(1973年)12月26日、支部と要綱の草案の協議により、同和対策を位置づけた『足立区同和対策協議会事務所』となった・・・」

C「以上の経過により・・・(公園)管理施設でなくなった…」

(3)被上告人区長が1973年12月21日、上告人に対し、

「今のところではね、まだ管理上においては、土木の一応詰所(注:公園管理事務所)だと、いうことでもって造ったんですよ・・・都から財源貰って裏付けをすれば(同和対策としての)位置付けもできるけど、今のところでは残念ながらそれが出来ないだということですよ」

     (甲第31号証・本文7頁下段)

 などの説明をし、右当時、被上告人は本件建物が「公園管理事務所」と位置づけ(用途変更)られていたことを自認していたこと。

(二)以上のとおり1973年12月21日または同月26日を前後して本件建物の用途に変更が生じたことは事実として明らかである。にもかかわらず、これを用途変更ではないと強弁するのであれば、かえって「用途変更」(手続)なるものが被上告人においては極めて恣意的になされていることの証左と言わざるをえないし、かかる勝手な手続を行う被上告人が上告人をそのことを理由に非難することなど許されるべきではない。

 2.原判決の誤り

(一)本件建物の用途をめぐる以上の経過に対し、原判決は、

「昭和48年12月10日、本件建物の完成後はその使用目的を一貫して同和対策協議会連絡事務所とし、かつ、その目的に副って本件建物を使用しており、その間に用途の変更をしたことはない」(原判決11丁裏〜12丁表)

などと認定し、この点をめぐる上告人の信義則違反の主張を排斥している。

(二)しかし原判決の右認定は一審判決とも異なるデタラメな事実認定である。

第一に、本件建物が完成したのは1973年12月10日だが、そのときの位置づけは前記のとおり「公園管理事務所」であって、これと異なる認定(原判決のような認定)をなしうる証拠は全く存在しない。

第二に、原判決は前記の1973年12月21日および同月26日の上告人と被上告人との本件建物の位置づけをめぐる交渉経過(用途変更の交渉過程)を全く無視している。

第三に、上告人が被上告人から鍵の引渡しを受けて本件建物の利用を開始したのは1973年12月28日であり(この点は一審判決での認定されている)、被上告人が本件建物を「公園管理事務所」と位置づけていた同月10日から27日までの間、上告人は本件建物に一歩たりとも立ち入ったこともない。

従って、「建物完成後は使用目的を一貫して同和対策協議会連絡事務所とし、それにそって使用してきた」などという原判決の認定は、証拠上、絶対に導くことができないのである。

(三)右の事実誤認も原因となって、原判決は本件建物の利用手続きをめぐる上告人と被上告人とのあるべき信頼関係について判断を誤っている。

仮に、本件建物の完成(1973年12月10日)から上告人による利用開始(同月28日)まで、原判決認定のとおり法的は用途変更手続が不要であったとしても、当初「公園管理事務所」と説明された本件建物が、後日「同和対策協議会連絡事務所」と説明変更されたのは客観的事実である。そしてこの説明は被上告人が、直接、上告人に対して行なったのであり、その際には、「公園管理事務所でも上告人の自由に利用してかまわない」旨の説得まで被上告人は(しかも区長本人が)行なっていたのである。(甲第31号証、・本文3丁表)。これを本件との関連で敷衍すれば、要するに被上告人は上告人に対し、本件建物の法的性格とか位置づけ、あるいは利用手続等に拘泥する必要はないとの見解を明示していたのである。むしろこの点にこだわったのは上告人の側であり、その理由は当時の部落解放運動をめぐる情勢(日本共産党が上告人ら部落解放同盟に対し、党派的利害に基づく「批判」を開始していた)の下で、万一にも行政施設(公有財産)の「不法占有」などの謗りを受けることがあってはならないとの正当な法意識にあった。このような彼我の法意識のレベルないしは遵法精神の状況を念頭に置くとき、法令に無知ではあってもこれを遵守する意識は正当に有していた上告人に対し、何らの説明、指導、助言を与えず、10年近くも上告人の利用を是認していた法令解釈・運用の専門家たる被上告人が、本件訴訟に至るや率然として法令を楯にとり上告人の「違法」を非難することは信義則上、到底認められない不正義の主張である。

従って、仮に、上告人の本件建物の利用につき手続規定の違反があったとしても、これを論難する被上告人の主張は信義に悖る主張であって訴訟法上無効であり、原判決には被上告人の右主張に対する信義則の適用、解釈を誤った違法がある。

第四 本件建物を行政財産と認定し、これを契約意思の認定に供したことにつき、原判決には判決に影響を及ぼす地方自治法238条2項、3項、および238条の4・1項、3項の解釈運用」を誤った違法及び理由不備の違法がある。

 一、原判決は、第一審の判決の認定方法を概ね踏襲しつつ、地方自治体である被上告人には使用貸借契約締結の意思を認め難いとして、両当事者間の契約の成立を否認した。しかるに、原審裁判所は、第一審裁判所が本件建物の公有財産としての位置付けの認定を避け、間接事実から被上告人が「行政財産と取扱っていた」との認定を引き出そうとしたことに対して、控訴審における上告人の主張立証を顧みることもなく、本件建物を行政財産と断言し、これを踏まえて契約意思を否認している。

しかして、原判決の行政財産制の認定は、詰まるところ、本件建物が要領及び運用方針において、「同和対策事業を強力に行なうことを目的とする施設」であるという事実と、それに沿った助成態勢がとられていたということに基づいている。要するに、「行政目的である同和対策事業推進のため」という建物の位置付けが、即、行政財産性の認定になっているということができる。確かに、本件建物は、「同和対策事業」としての位置付けを有するものであり、このことはむしろ、上告人が運動の中で求め、勝ち取ったものであった。しかるに、「同和対策事業」上に位置付けられたというだけで、「同和対策事業」の意味、内容、予定された行政執行との関係、現実に使用された実態、現実の行政執行の有無等の分析抜きに、行政財産と認定することはできない。前述したとおり同和行政とは、行政の一局面ではあるが、その歴史性・社会性に規定され一般行政とは異質な内容を孕むものであり、一概に同和行政、同和対策事業といっても、それは包括的一般的呼称にすぎず、その意味するところは多義にわたる。従って、同和対策事業目的の「位置付け」がなされたとしても、その意味するところは、これだけでは不確定であり、直ちに建物の公有財産上の性格を規定しうるような認定には結びつかない。

この点、原判決は極めて雑な、極めて短絡的な判断を行っているのであり、理由不備の違法を犯すと共に、行政財産に関する地方自治法の解釈適用を誤っていたものでいわざるをえない。

 二、同和行政と行政執行

同和行政、同和対策事業については、原審手続において、証人藤沢靖夫が詳細に証言している。まず同証人は、同和行政という言葉が、「一言で言えば、部落差別の撤廃、部落の完全解放を目指す行政」を指称すると証言する。それは同対審答申、同対法に直接的な根拠を有するが、部落差別の現実を容認、助長した行政の責任を追及し、適切な行政施策を請求する被差別部落大衆の自主的運動に規定される形でその内容が実際に確定されてきたが故に、あくまでも類型的に内容を特定しえない一般的包括的な説明しか加えられない性格のものなのである。

このような一般的包括的な内容で説明せざるをえない同和行政であるが、証人藤沢は、大別して行政が行なう環境改善事業を典型として、gy旺盛が行政行為の直接執行において部落差別の撤廃を働きかける類型と被差別部落大衆の自主的団結との運動を助成・援助し、もって部落差別の撤廃をはかるという類型に二分することができることを証言している。後者の類型は、行政が直接に行政行為、行政執行を行なうということはなく、自主的な運動体を通じて部落差別の撤廃という行政の終局目的を実現せんとするものである。2つの行政類型の違いは、現実の行政の場では顕著である。証人藤沢は子供会を例に説明しているが、そこでは行政が直接主催する子供会と行政の援助を得て行なわれる運動体主愛の子供会とは明らかに区別されているのである。

このように、同和行政と指称される行政局面には、行政の直接執行そのものを意味するものと、行政執行とは直接関係しない運動体との関わりあいの双方が含まれているのであり、現実の行政の在り方を注視しないことには、行政執行との関連性を判断することはできない。

 三、本件建物と同和対策事業

行政財産とは、行政執行の物理的手段とされている財産を意味する。従って、本件建物を公有財産論上、性格づけを行なうならば、本件建物でいかなる行政執行が行なわれ、本件建物がいかなる行政執行の手段となったのかを現実に即して把握する必要がある。しかしながら、本件建物において行政執行が行なわれたという事実は、本件審理に提出されたいかなる証拠からも認定できない。確かに、本件建物内の上告人の活動につき、被上告人は物と人件費の一部を支出した。しかるに、それは、あくまでも上告人という被差別部落大衆の自主的運動に対する行政の援助、助成であり、行政自身が主体となる行政執行とは関係がない。さらに言うならば、藤沢証言のとおり被上告人自身、この建物で同和対策事業の説明会を開くことすら、行政の公平さを疑われるということで、拒んでいるのである。このように本件建物は被上告人の意識においても終始、上告人が直接占有し、管理する事務所なのであって、被上告人の行政執行の場ではなかったのである。

よって、本件建物を行政財産と認定した原判決は理由不備の違法があり、また地方自治法の解釈・適用の誤りが存し、原判決は破棄を免れない。

   以上

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