| 東京人権連 > 同和問題について > 「解同」の正体 > 都立台東商業高校事件

1983年4月25日、都立台東商業高校職員のAさんと同僚との雑談を、居合わせた職員Bが「差別だ」と告発する事件が起きました。 後にBにつながる都立高校同和教育研究会が主張したところによれば、Aさんは「エッタって知ってる? そこの人とはつきあったり、結婚するなと言われている。 そこの人たちは村の中だけで結婚しているから、変な目で見られたり、変な子が生まれる」と言ったことになっています。 この都立高校同和教育研究会という団体は、「解同」系の教師や「中核派」などニセ「左翼」暴力集団の教師らがメンバーです。
ところが同年11月、「解同」が開催した「確認会」で、Aさんはこうした発言を否定。 「解同」自身が「確認」できなかったこの発言をネタに、「解同」などは陰湿で執拗な人権侵害をAさんにつづけたのです。
Aさんに対する人権侵害は、1983年7月9日から始まりました。 それは(1)発言を「差別だ」と主張する都立高校同和教育研究会などと面会することの強要、(2)「解同」の「確認会」への出席の強要、(3)いやがらせの手紙の送りつけ・・・・・・などでした。 とりわけ10月31日から12月7日までは、脅迫じみたこれらの行為が9回にもおよび、Aさんのあまりの憔悴ぶりに、事情を知らない同僚たちが心配するほどでした。
問題はAさんへの人権侵害にとどまらず、台東商業高校の教育への重大な介入へと発展しました。 都立高校同和教育研究会は、台東商業高校に「貴校の教育を根本的に洗い直し、部落差別をなくす教育の営みを模索していくことを強く要望する」と露骨に表明したのです。
そして「解同」台東支部の志鎌(しかま)書記長らは台東商業高校に乗り込み、Aさんの「確認会」への出席を校長に強要。 さらにAさんの職場異動の希望を阻止しようとするなど、人事権にも介入したのです。 ところがこうした無法に対し、校長や東京都教育委員会は、Aさんに対し「あなたにも非がある」「むこうの上の人と面会したほうがいい」などとして「解同」に迎合。 都教委もAさんに「同和研修」への参加を強要しました。 そのうえ校長と都教委は、Aさんを「解同」主催の「確認会」に引きずり出し、その場に同席するなど、「解同」の無法に屈服し続けたのです。
|