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東京都は2002年3月、「同和問題解決のための取組に関する基本方針」を決定。 このなかでは、都民に対する人権啓発を、異常なほどに重視しています。
2002年3月と言えば、東京都が同和対策事業を翌月に終結するという時期。 しかしこの時期になっても、東京都は「4月以降も同和問題を早期に解決するための取組を推進することとし、一般対策において必要な施策を講ずる。 この取組は、同和問題に関する差別意識の解消に向けた教育及び啓発を主たる課題とする」としており、あくまでも同和行政に固執しています。
政府もこの時期、同和問題に関する国民の差別意識について「着実に解消に向けて進んでいる」と規定していますが、東京都はこうした認識についてはほとんど無視。 都民の「差別意識の解消」をくり返し強調していますが、これは都民を「差別意識の持ち主」と規定していることであり、とんでもない行政の思い上がりです。
そしてこの方針を強化するように、2002年12月には「同和問題に関する差別意識の解消にむけた啓発の基本的考え方」を決定。 このなかでは「被害者の立場に立った啓発」「差別をしない、許さないという態度や行動につながる・・・・(中略)・・・・啓発」など、「解同」(=「部落解放同盟」)の糾弾闘争への同調者を育てるかのような方針を打ち出しています。 東京都はこうした批判に対して、「国の基本計画で述べられている『人権の意義や重要性が知識として確実に身に付き、人権問題を直感的に捉える感性や日常生活において人権への配慮がその態度や行動に現れるような人権感覚が十分身に付くようにしていくことが極めて重要である』との認識を踏まえ作成した」と言いますが、国は「被害者の立場に立った啓発」などとは一言も言っていません。 東京都は、国の方針すら自分の都合のいいように曲解し、人権のなかでも同和問題を特化していますが、これはかえって同和問題を「特殊な問題」として、解決を阻害するものです。
東京都は「人権行政」を名乗りながらも同和問題にいちじるしく偏重しています。 たとえば12月の人権週間では、2003年度までは3年間連続して、同和問題には392万円を費やす一方、同じ総務局人権部が扱うアイヌ問題・外国人問題には、それぞれ18万円しか遣わないというひどさ。 折しも北朝鮮の拉致問題が社会的にクローズ・アップされ、朝鮮学校に通う子どもたちに被害が及んでいても、平然と「三国人」発言をおこなう石原都政のもとでは、外国人問題などはほとんど無視されているようです。
以後、毎年度この傾向は続いており、課題別の啓発冊子の発行についてみると、アイヌ関連のリーフレットは9,000部で18万円、外国人関連のリーフレットは9,000部で20万円、ハンセン病元患者のリーフレットが2万5,000部で38万円という予算配分。 一方で同和問題に関しては、『明るい社会をめざして』という冊子を発行しますが、これは『理解編』が9万部で260万円、『解決編』が1万部で51万円と、あわせて10万部、311万円もの予算が費やされます。 これを「同和問題偏重」と言わずして、どう表現するのでしょうか。
このほかにも、『みんなの幸せをもとめて』(教育庁)、『採用と人権』(産業労働局)、『人権尊重の社会』(生活文化局)など、これらの冊子はすべて同和問題にいちじるしく偏重した内容となっており、多の人権課題は「付け足し」程度にしか描かれていません。
真に東京都が人権課題についてあつかうなら、都民が直面している失業・リストラ・サービス残業などを含む労働課題、米軍基地や大工場、幹線道路などの騒音・公害問題、路上生活者・ホームレスの課題などをふくめ、多くの深刻な問題をもっと積極的に取り扱うべきです。 まして総務局に「人権部」を名乗るセクションがある以上、知事が「三国人」発言などの外国人差別、重度障害者への人格疑問視発言、女性蔑視発言などをくり返していれば、知事に対しても反省と謝罪を求める意見具申をしてこそ、その真価が発揮されるのではないでしょうか。 こうした意見具申を提唱しても、人権部はそれを否定し、東京都全体として同和問題にのみ特化した啓発活動を続けようとしていますが、同和問題は人権問題の免罪符ではありません。 都民を「差別意識の持ち主」と規定し、「差別意識の解消」などと、その達成度も把握できないような課題を掲げていては、真に都民の欲する人権行政などは遂行できないのではないでしょうか。
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